人と地域のWEBマガジン ISHIKAWA DRAWER

Mai Takamori

高森麻衣北陸放送 株式会社 技術局 進行部

材料は時間と情報。「放送」という、スリルと楽しさのものづくり。

Person

#07

2017.08.15

ラジオのスタジオでリラックスした表情の高森さん。ラジオが大好きな様子が伝わります。演歌のポスターが華やかです。

まさかのラジオ。

MROの入社試験で印象に残っているのが2次面接。学生と面接官がそれぞれ数グループいて、2対2で話して、15分くらいしたら次の面接官のところに移って面接、というのを繰り返していく。エンドレスで、1日近くかかりました。休む暇もなく、最後は面接官も学生も、お互い疲れ切っているような。あれはきつかったですね…。
内定後、3月の終わりに会社から呼び出しを受け配属先が言い渡されました。志望していたのは報道でしたが、告げられたのはラジオ。一番想定外で、まったく心の準備をしておらず、「ラ、ラジオぉ???」ってなりました。テレビじゃなくてラジオですかみたいな。でも、とりあえずは「はい」と言わないといけないから「は、はい」って(笑)。でも、今は最初がラジオで良かったと思っています。

ノウハウの前に、完成品を読み解いて知る。

配属がラジオに決まった時、何をすればいいのかまったく想像できなかったんです。当時の部長に言われたのは、「ラジオを聴け。タイムテーブルを覚えろ」。でも、始めのうちはこれが何の役に立つのか理解できませんでした。それよりは、ラジオも番組をつくったりするので、そっちのノウハウを覚えた方がいいんじゃないかな?って。でも、部長が伝えたかったのは、ラジオを聴いて、番組はこういうつくり方をするんだとか、ラジオならこういうことを言っても大丈夫なんだということをまず知りなさい、っていう意味だったんですよね。たとえば、朝早くにやかましくわーわー話すような番組は受け入れにくいだろうし、だったら静かで、流す曲もおだやかな優しい曲調の方が、朝はストレスなく聴ける。ラジオというものは、きちんと考えられて流れているんだよってことを知っておきなさい、って教えてくれていたんです。
ラジオを聴く作業と並行して、ディレクターをしてくれとも言われました。MROは、テレビもラジオも制作しているのに社員が少なく、100人くらいしかいないんです。5月の中旬には独り立ちをしてくれと言われて。「大変なところに来てしまった…」と思いました。とりあえず、ラジオのブースの後ろの方でちーんと※座って聞いて、ディレクターがどういう進行をしているかを見て、台本のような「進行表」というものの書き方を教えてもらって。5月にはディレクター席に座ってましたね。本当に何もできないのに。今考えても恐ろしいです。で、放送事故も起こしました

※ちーんと:「じっと」「静かに」を表す言葉。筆者は金沢に来て初めて耳にしたので、方言だと思います。

膨大な量の音源があるレコード室。時代は変わってもレコード室。音楽好きにはたまらないんじゃないでしょうか。ウカキクケシコサ、視力検査みたいです。

ディレクターの重圧。

ラジオのディレクターは、ブースの中で喋っているパーソナリティーの様子を見ながら、BGMや曲を流したり、CMを出すタイミングを隣に座っている技術さんに伝えるのが主な仕事なんですが、CMを出すタイミングを間違えて指示してしまって。分かりやすい例を挙げると、「この番組はA社の提供でお送りしました」というナレーションの前にA社のCMが流れないと放送事故になります。技術さんが「これはまずい」って顔をしているんですけど、こちらはコトの重大さを分かっていなくて。最初は「いま何か起こりました?」くらいに思っていましたが、経験を重ねるうちにとんでもないことをしていたと分かり…。苦い思い出です。事故ったら、すべてディレクターの責任。プレッシャーが半端ないです。もし全国ネットの番組でMROだけが失敗すると、スポンサーが全社提供を取り下げる、なんてことにもつながりかねないですし。もう、怖くて吐きそうになります。

ラジオの部署には3年いて、ずっとディレクターをしていました。番組もいろいろ持たせてもらい、自分でも何本か番組をつくりました。番組をつくるには、まず音声がないといけない。音楽も必要だし、編集もして、それを合わせて30分にまとめるのですが、ウチでは基本的にこれを1人で担当します。一番最初につくったラジオ番組では、ひがし茶屋街の芸妓さんを取材させてもらいました。取材もしなきゃいけないし、全体の流れをどうするかとか、何を伝えたいのかを考えるんですけど、いろいろあり過ぎて「ふしゅ~」ってなっちゃって。先輩に相談をしつつ、編集をして、原稿を書いてアナウンサーにナレーションを入れてもらったり。レコード室でBGMを探したり。技術さんの力を借りたり。芸妓さんの番組は初めてということもあって、1年かかりました。厳しい言葉をくれる方もいれば、「頑張ったな」って言ってくれる方もいて。出来はともかく、貴重な経験となりました。

臨機応変の楽しさ。

ラジオでは、ものづくりの楽しさを知ることができましたリスナーさんからの反応がすごく分かるんですよね。番組中にもメールが来ますし。反応があると、「聞いてくれとるんや」って思えるし、番組の最中にパーソナリティーと話して「メールがこれだけ来たからこの特集をしてみようか」って、その場で内容を変更したり。テレビだと「これを話したら次はこの話題」みたいに進行があらかじめ決まっているんですけど、ラジオは自由が利くんです。ラジオにも進行表はありますが、「この時間はオープニングトーク」という感じで、おおよそで書いてあるんですよね。ラジオショッピングのような営業が関係するものは絶対外してはいけませんが、メールがたくさん来たら曲よりもメールを紹介しようとか。生放送って、何が起こるか分からないけれど、だからこそ楽しい。それが、ものをつくる時に大切にしたい気持ちというか、忘れてはいけない気持ちだと思ったんですよね。それを入社1年目で感じることができたのは本当に良かったと思っています。3、4年たってからだと、いろいろ見たり経験を積んだりして、楽しさを素直に感じられなくなるというか。

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